吐き出したかった

日々

この先、に関する話題があります。マイナス思考に引っ張られる方はご注意ください。
また、いつもよりも荒れたことばになってしまっている部分があります。わたしのイメージを壊したくない方も、お気をつけくださいませ。

支離滅裂になっています。時系列ごちゃごちゃ。
長いです。

(一応この日記の番外編)


もっといい文章を書きたい。

その欲望からうっかり、自己嫌悪に陥ってしまった夜。いままでの経験から、このままだとまずいな、と感じました。
日記を始めてから3週間くらい、好きな人たちと会えたこともあって、穏やかに過ごせていました。わたしにしてはとても珍しい、しあわせな日々。
それが崩れるのは今夜かもしれない、とこわくなりました。

好きなことを考えよう、太ももだ。と、太ももフェチはおもいました。
……自分の脚がそれほどきれいではないことに気がついて、しにたくなりました。
「きょうはちょっと曇っているなぁ……」くらいの、ふわっとした、軽いしにたさ。本気で命を絶とうとはおもわない程度の。

何故男性の太もものほうがきれいなの。いや、それはそれで最高ですけれど。
どうしてくれるんだ、軽くしにたくなったぞ、とだる絡みしに行こうかとおもいましたが我慢しました。夜中だったし、オトナなので。いちおう。

そんな、ちっちゃなしにたい気持ち、大したことないはずだったのです。いつもなら。
ふっと、思い出してしまったのです。過去のことを。


先ず、自分の考えをば。
これはあるひとりのひとに向けて、ではなく、一般的なご意見を頂戴した際に考えることです。

他人がどうとか言われても知らねえよ、の気持ちになってしまうのですよねえ。それぞれの人生じゃないっすかー、って。
誰かに言われて人生を変えたとして、その人自身がわたしの人生に責任を持ってくれるわけじゃないし、わたしの苦しみを無くしてくれるわけではないですから。
生きろ、って押しつけるほうが楽だし、絶対そっちのほうが「勝つ」のです。
しぬルートはそこでしぬしかない。
生きる場合はたのしくても苦しくても生きて、最終的に「よかった」と言えるかわからない。そこでやっぱり生きないほうがよかった、ってなっても、生きることを押し付けた人間は忘れているだろうし、生きてしまった時点でお相手の望み通り。

鍵垢のツイートをそのまま載せます。
修正しようとおもっていたけれど、そこまでの元気がありません。


そしてここから、ひとりのひとについて語ってしまうのですけれど。

わたしの人生を一番変えた人は、両親でもきょうだいでも幼なじみでも恋人でもなくて、当時Twitter上でしか話したことがない人でした。(正確に言えば一度直接会ったことがあるけれど、ちゃんと話してはいなかった気がするので……)
現在の関係性とはまったく違いました。

大学生のころのわたしは、その人の良さを理解できていませんでした。フォローしてすぐのころなんかは、ブロックしようか一瞬迷いました。ごめんね~。本人に言ったことない気がするけれど、実はね。

振り返ってみるとふしぎ。
なんで会ったのだろう。あの日どすっぴんで服装もテキトーで、普段なら絶対、「初対面の人と会うの無理」っておもうのに。
誰でも良かったのかもしれない。とにかく吐き出したかった。つらかった。

昔は、「つらい」と言ってはいけないとおもっていました。だから抱え込んで、大丈夫って繰り返して、大丈夫じゃなくて、倒れて、冷えピタさまをおでこにくっつけて生活していました。
つらかったんだ、こわかったんだ、と気づいてしまってからはしにたくてたまらなかったです。
「もうがんばらなくていいよ」
いまのわたしだったらそう声を掛けるのですけれど……。当時のわたしは、わたしのことを責めて、傷つけてばかりいました。深く考えずにただ、「自分が悪い」とおもっていればそれでいい、って。そうすれば自分以外傷つかないし、対立しなくて済むし。
でも。
でもやっぱり、ストレスの原因となっている人の側に居たくなくて、そう言いました。伝わりませんでした。新たなストレスも加わってしまいました。
……じゃあもう、しぬしかないな……いつしのうかな……と鬱々と過ごす日々。

「逃げてもいい」って、はっきり言ってくれた、たったひとりのひと。ほかの人もおもっていたのかもしれないし、もしかしたら言ってくれていたのかもしれないですけれど、届いていませんでした。
ばかみたいだけれど5時間くらいほとんどわたしが話して、ちゃんと聴いてくれて、興味を持ってくれている(?)ようで……だからお相手のことばを受け止めることができたのかもしれません。当時はひたすらしにたかったから、そのありがたさに気づいていなかったけれど。(ごめんね、本当にありがとう)

「生きろ」って無責任に言ってくる人たちは、それだけを押しつけてきました。だから反発してしまいました。
「こっちだよ」って導いてもらったような、感覚でした。

逃げる。
それまで、その選択肢がふしぎと、ありませんでした。

けれど、「逃げてもいいんだ」とおもってからは、逃げることばかり考えるようになりました。親やまわりのオトナに理解されなくてもいい、とにかく逃げたい。先のことなんて考えられない。どうでもいい。息ができるところに行きたい。苦しくないところに。

正直、当時のボスに連絡をしたとき、ほっとしました。もう、行かなくていい。会わなくていい。いまは名前を忘れたこわいひと。顔もおぼろげ。そのままわたしの中から消えてください。
とことん、相性が悪かったのです。あなたはわたしにいらいらして、わたしはあなたにびくびくして、不健全な日々でした。

「もっと厳しいことなんてごまんとある。それくらいなんてことない」
当時、ストレスさんはそうのたまっておりました。
あなたはあなたで苦労したのでしょうけれど、余裕がないわたしにとってはどうでもいいことだとおもって聞き流していました。
でもね、過去の自分はもっと怒ってよかったんだよ。あなたを傷つける相手に遠慮する必要なんてなかったんだよ。まったく違う人生を比べるなんてばかげている! いまはそう考えることができます。

「その人はきっとかわいそうな人なんだよ。そういう接し方しかできないんだよ」
そんなの知らない。わたしを傷つけていい理由にならない。

物理的距離と心の距離はまったくちがうのね。
あの人たちは知らないのです。わたしが何度失敗したのか。わたしが何度号泣したのか。それぞれそれなりに心配していたのかもしれませんけれど……。あのころ、よく、上を向いて家中を歩き回っていました。どこならちょうどいいかなって。

「わたしは恵まれているはずなんだよ」
あれはどこのファミレスだっけ。サンドイッチの味がしなかった。
「両親がいて、きょうだいがいて、衣食住不自由していなくて、学費を払ってもらったし、習い事とかやりたいことはやらせてもらった。これ以上望むのはわがままだよ。多少、生きづらいけれど、しにたいけれど……」
「でも、先輩は苦しんでいるじゃないですか」何度もなんども思い出す、後輩のことば。「ほかの家庭なんて関係なく、あなたがつらいならつらいんですよ」
ちゃんとメモしておけばよかったです。正確なことばは忘れてしまいました。でも、内容としてはこんな感じでした。ありがとう。

理解して、寄りそってくれる人は、外にしかいませんでした。
だから外に居る時間を増やしました。夜道を歩いて、誰もいない公園でぼーっと過ごして、その間だけ、暗闇に紛れている間だけ心が穏やかでした。

(過去と向き合うのしんどいな!)


わたしを救ってくれた人。
まわりに話すときは「友人」と言っているけれど、わたしの中ではすこし感覚が違うのです。それ、に名前をつけてしまうと、型にはまってしまいそうで、本質からずれてしまいそうでこわいけれど。あえて言うなら、「恩人」? でもさ、それを言っちゃったら重いよね。

先日、あなたから過去のことをすこし話してくれて、「嗚呼覚えていたんだ……」っておもった。忘れていいのに。そうもいかないってわかっているけれど。

あなたはわたしの人生を大きく変えたよ。それは事実。
けれどわたしの人生に責任を感じる必要は一切ないからね。

あなたのことを知れば知るほど、わたしみたいな人間にひっかかっちゃだめな、優しい人だなっておもう。わかっているのに甘えてしまう。
ずるいよね。手放したくないんだよ、この御縁を。

(こういうところが「魔性」って言われたのかな……。唯一気づいた人ともう連絡が取れないけれど)

もっと上手に生きてみたかった。

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