もうひとりの自分がつくれるなら

日々

2021年8月7日(土)

映画の感想を語り合いたいとおもって、同居人が観る予定だった映画を、観ることにしました。知人からおすすめされたのもあって、期待し過ぎてしまったようです……。正直、わたしには合わないなぁ……とおもってしまいました。
どうして合わないのだろう、とずっと考えていました。ただ文句を言うだけならいくらでもできます。この気持ちを言語化したい、とおもいました。

結論から申しますと、違和感と恐怖があまりにも多かったです。

  • どうしてそこまで気になるのかわからなくて、こわい
  • 結局やっていることはネットストーカーだから、こわい
  • 子どもに責任を押しつけ、守ってくれない大人たち、こわい
  • 理不尽で暴力的な男性、こわい

それに、女の子たちのえがきかたがあまりにも記号的。すかしているイケメンが何もせずにモテにモテて……って、某苦手な作家さんの作品を思い出しました。
ひとの感情ってそんな単純なものでしたっけ? とおもってしまう、歪んだ思考のニンゲンでごめんなさい。

これだけあれこれ言っておいて説得力がないかもしれないですけれど、この映画のこと、「嫌い」ではありません。もう少し違っていたら。大好きになっていたかもしれません。なので、「自分には合わなかった」と感じました。
それに、好きなところもあります。

歌が最高でした。素晴らしい歌声。儚さも力強さもある、まっすぐ届く声でした。YouTubeに──公式のものではないでしょうけれど──たくさんの動画が公開されていて、注目されていることは伝わっていました。その理由がわかったような気がします。
「きみは、きれい」と言ってくれたちいさな応援者の正体が最後にわかったところが、好きでした。嗚呼、あなただったのですね、と納得。ビーストが何故その存在には別の面を見せていたのか、その瞬間に理解しました。
各キャラクターのデザインがすてき。人以外の形をしているところがいいですね。わたしも人以外のものになりたいです。

世界観はとても良いのです。ただ、それを活かしきれていないところがもったいないなぁ……とおもってしまいます。
だからついつい、余計なことを言ってしまいますね。良くないですね。

同居人はおおむね気に入っていたようなので、おしゃべりな自分の口を縫いつけておけばよかった……とちょっぴり後悔してしまいました。
物語のことになると、止まれなくなってしまうのは、よくないです。反省。

きょう読んだ本

追悼の達人
嵐山光三郎(あらしやま こうざぶろう)さん
中央公論新社
p.26-27

2021年8月8日夜 執筆
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