「別れ」も「死」も逃れられないならば

日々

2021年5月4日(火)

「好きなのに別れる」

いままでの人生であまり選んでこなかった選択肢です。知人、友人、恋人……どの関係性であっても。
けれど近年、そのことばを聞くことが増えました。

別れを選ぶことができる人はつよいですね。
わたしは……つながりを増やすことは好きなのですけれど、それを自分から断ち切ることができません。こわいです。人と対立することが厭で、すべて自分が悪いと考えて、なるべく怒らないようにして……そうやって逃げて生きてきたニンゲンなので……。

春が苦手なのも、別れの季節だからです。苦手過ぎて、一時期、春になるたびに調子が悪くなっていました。
別れたくなかった人たちはたくさんいます。けれど、わたしだけ関係を続けたいと望んでいても、無意味ですからね。お相手が別れを選んだなら、受け入れるしかありません。

……だれかと縁を切る予定はないですけれど。
他者の話を聞いて、出会いと別れについて、考えていました。生まれた者はやがて死んでいくように……、出会った人びとはいずれ別れるのでしょう。どんなに寂しくても。
「死」も「別れ」ですからね。逃れることはできません。

読書記録

『ムーミンパパの思い出』
p.28
“ムーミンパパは思い出の記をここまで書いてみて、”……
あ! 描写が普段通りに戻りました。
ずっと物語の中の物語ではないのですね。ちょっとほっとしました。
パパの文章も嫌いではないのですけれど、飾り立てている上に大げさなところがあるので、胃もたれしてしまいます。

素直な文章のほうが好きです。無理していない、等身大の、その人のことば。
だから日記は、プロではない人が書いたもののほうが好きなのかもしれません。
プロが書いた文章は作品ですから。エッセイになってしまいます。

自分の中の定義
日記:文字通り、「日々の記録」
エッセイ:日常を題材に作品に仕立てたもの

p.29
“ふるえる足”
あら。怖かったのですか。

p.31
“日曜日の帽子”
曜日ごとにかぶる帽子が決まっているのですか? びっくり。

きょう読んだ本

ムーミン全集[新版]3
ムーミンパパの思い出
トーベ・ヤンソンさん
小野寺百合子さん 訳
講談社
p.28-33

2021年5月14日になったばかりの深夜 執筆
タイトルとURLをコピーしました