本を読んでいる人の姿も好き

日々

先日お取り寄せをお願いしていた漫画を受け取りに行きました。最高です。

2021年2月7日(日)

6日から7日に日付が変わっても読書は続けます。むしろ、0時以降が本番です。
1時や2時くらいなら、夜更かしの生活をしていたときに普通に起きていた時間帯なので問題なく、活動できます。けれど、3時以降は滅多に起きていることがないので……とても眠たくなりました。

寝ようか迷ったのですけれど、そこまで起きていると、(あと数時間だけだから……)とがんばりたい気持ちになってしまいます。無理するところではないのですけれどね。
日中の数時間と、夜中の数時間はまったく違います。

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気分転換がしたくなったので、絵本を読むことにしました。あとからおもったのですけれど、漫画も用意しておけばよかったです。積読本の山の中には漫画もあります。

友人のように、わたしも積読の山を崩していかなければならないのですけれど……。つい新しい本を手に取ってしまいます。
別の友人から借りた本も読みたいです。途中までしか読んでいません。まったく読むことができていないものもあります。よろしくないですね。


著者の方がまえがきで、「文章が硬い」と書いていました。読み始めたら、たしかに、ちょっとかたいですね。とても眠い状態で読むにはすこし、しんどい本だったかもしれません。
けれど本好きの方の文章なので、読み始めたら、惹かれることばがたくさんありました。

イベントを終えて

楽しかったです。集中してひたすら読書する時間を取ることがどんどんむつかしくなってしまっているので、こういったきっかけはありがたいです。

ビデオ通話にお付き合いいただいたので、人さまが本を読んでいる姿を見つつ、自分も黙々と読んでいました。リアルはもちろん、画面を通してでも、一緒に読書するのはいいですねえ。
定期的にひたすら読む会をやりたくなってしまいますねえ。お付き合いくださる方がいるのかわからないですけれど。読書アカウントで呼びかければ、何名かいらっしゃるでしょうか……。けれど、自分の顔を晒すことが好きではないので、むつかしいかもしれません。

同じイベントがもし開催されるなら、また参加したいです。公式さん、今年も是非、よろしくお願い致します。

読書記録

宇野千代集より、「人形師天狗屋久吉」
p.93
芝居の三段目って何でしょうね。三流ということ?

p.93
“生きてゐる中に、もうこれでええと思うたら、そこでお了ひでござります。”
小学生のうちに「もういい」とおもってしまいました。この先は望まない、と。
けれどなんだかんだで生きてしまいました……。

p.93
“六尺はなれた舞薹の上ではうつりません”
だから舞台メイクは濃いのですよねえ。遠くから見ている分にはそれほど違和感がなくとも、近くで見たらびっくりしちゃいます。
役者の皆さまは肌がお強いのかなぁ……と羨ましくなります。知り合いにはアトピーに苦しむ女優さんもおりましたけれど。
彼女、どうなったのかな。あれから連絡がなく、わたしからも連絡ができなくなってしまいました。
彼女がどんな生活をしているのか、いまはわからないですけれど……少しでもしあわせを感じる暮らしができることを願っています。昔もいまも。

p.94
“舞薹の上で生きたやうに見えるといふことと、かうしてわが眼で見たときの具合ひとでは、ちいと世界が別のことでござりますけになァ。”
舞台の上は、本当に、別世界です。それは、素晴らしい魔法かもしれないですし、恐ろしい魔物が潜んでいるのかもしれません。観る人の心によっても変わります。

p.94
あ、ようやくおじいさんの話がひと段落つきました。何ページ喋っていたのですか、この方……。
……5ページくらいですね。しかも上下2段に分かれている文章で、小さな文字で……。恐ろしい量です。けれど読むことができてしまいます。舞台が好きな人や、つくる人は惹かれる内容だとおもいます。
ちなみに齢86ですって。ひゃぁ……お元気ですねえ。

p.94
“十六の年から人形を作りはじめて、今年でざつと七十年”
そんなに長く働くイメージがつきません……。そもそも、そこまで生きられる気がしません。

先ほど笑点を見ていたら、「65年落語をやっている」とおっしゃっている方がいてびっくりしました。
65でもとてもとても長い職歴だと感じましたけれど、70年はさらに長いですねえ……。

p.94
“一體この人はどんなことを考へて来たのだらうと思ふ”
わたしも、気になります。何を考え、どう生きてきたのか……。自分よりも長く生きている人に対して、興味を抱きます。

p.95
“かうして、ぐるりにものをおいておきますとなァ、もう坐つてをつて、何でも自分の手で用が足りますけになァ。”
それは本人にとってはとても居心地が良いのでしょうね。ほかの人にどうおもわれようとも。
わたしも基本的に作業中はウロウロせず、じっとしています。集中していると動くことを忘れます。

p.95
“このいま、ここに書いたりしてゐるこの文字が、もうぢきに、この世では使はれないものになるなどと聞かされるやうなことがあつたとしたら、それでもなほ、その同じ文字で人に讀まれようなどと思ひ、一心にものなぞ書いたりすることが出来るだらうか。”
だれにも求められずとも、書くでしょうね。わたしは。書かずにはいられない、生きられないニンゲンです。
もちろん人さまの反応をいただくことで続ける力をもらっていますけれど、放っておいても、同じような暮らしをしているとおもいます。いままでがそうでした。ネットに触れていない時代でも、勝手に読んで勝手に書いて、楽しんでいました。

p.95
“よう出来てをつて、いかにも渡すのが惜しいなどと思うたやうなこともござりません。わがが拵へたものでござりますけに、いつでも、まだこの上のものが出来ると思うてをります。”
自分の作品を手元に置いておきたい、とはあまりおもいません。書(描)いたらすぐにだれかに渡していました。

あるいは、捨ててしまいました。
「過去」は恥ずかしかったのです。作品も記憶も。だから昔の友人に会うときちょっぴり、恥ずかしくなってしまいます。いまよりもっと未熟な自分を知っている存在ですから。
より良いものを作れる、というはっきりした自信は持っていませんでしたけれど、無意識のうちにそう考えていたのかもしれませんね。どんどん手放していく過程で。

『たのしいムーミン一家』
p.28〜
いままで大好きだったものに興味を抱くことができなくなってしまう、その怖さは想像するだけで震えてしまいます。
いまわたしは、本が読めなくなってしまったらとても苦しいです。それどころか、本に対して見向きもしなくなってしまったら……。それは「わたし」なのでしょうか。
わたしを形作る要素がぽっかりと抜け落ちてしまいます。残った「ソレ」は、同じ生き物なのでしょうか。

p.29
“「今からじゃ、あいつにはかなわん」”
そうおもってしまう気持ちもわかります。自分より凄い人がたくさんいます。あとから始めて追いつける気がしません。
けれど一方で、「その考えは小学生のときにはもうおもっていたことだぞ」ともおもいます。自分のことを否定してばかりではなく、そのときすぐに始めていたら、今ごろ10年以上のベテランになっていたことでしょう。
「やりたい」とおもったときが一番早いのですよねえ。

たしか、『「大家さんと僕」と僕』に書いてあったのだとおもうのですけれど、「若いからなんでもできていいですね」とおっしゃっていたそうです。80、90と生きてしまったら、なかなかおもうように動けず、新しいことにチャレンジすることはむつかしいですよね。
けれどそれよりもっと若い自分たちはまだ、時間がたくさんあるのでしょう。気力も体力も、まだまだ。

(この点において、老若男女だれであろうといつだって死ぬ可能性があることは、ひとまず置いておきます)

わたしのまわりでは新しいことに挑戦している人がたくさんいます。とてもすてき。
それにつられて、わたしも何か……とおもってしまうのですけれど、無理に始めるのもなぁ……とおもってやめてしまいます。高速矛盾。人の思考なんて、あっという間に変わります。
頭ではわかっているのですけれどねえ……。なかなか……。

それに、好きなことはやっているのですよ。やりたいことは。もうすでに、身体が動いています。(音声録音など……)
身体に馴染んでいることほど長く続くのでしょうね。「続けるぞー!」と気合を入れることもときには必要なのでしょうけれど。わたしの場合は、ふと気がついたらやっていた、くらいが丁度良いのかもしれません。

p.32
“金色なら、黄色よりもっとすばらしい”
この考え方、好きです。

きょう読んだ本

宇野千代・岡本かの子集
人形師天狗屋久吉
宇野千代さん
講談社
p.93-96

ムーミン全集[新版]2
たのしいムーミン一家
トーベ・ヤンソンさん
山室静さん 訳
講談社
p.26-32

クマくんのはちみつぶんぶんケーキ
柳生まち子
福音館書店
最初から最後まで、読みました。


さいこうのいちにち
ジーン・ウィリスさん 文
トニー・ロスさん 絵
小川仁央さん 訳
最初から最後まで、読みました。


もうひとつの空の飛び方 「枕草子」から「ナルニア国」まで
荻原法子さん
KADOKAWA
p.7-50

参考リンク

笑点 公式サイト

「音声録音」は「やさしきたからばこ」というグループでおこなっています。詳しくはnoteをご覧ください。

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