一年前のわたしには見えていなかったせかい

日々

「こんばんはです」
すこし、緊張? 「わたし」の存在が当たり前になってくれる日は、いつでしょうか。

2020年12月25日(金)

巨大台風のおかげで決意が固まり、「新しい場所でがんばろう」と珍しく積極的に動いて、スムーズにご縁をいただくことができたのが一年ほど前のこと。店員さんもお客さまも素晴らしい環境で、とても気に入っていました。けれど、続けることができなくなってしまいました。
自分の都合ではなかったからこそ、悲しくて……。しばらく落ち込んでいました。けれど時期が来れば強制終了。動かないわけにはいきませんでした。
世間では流行病がどんどん広がっている状況で、新しいひとを求めているところは少なかったです。わたし自身、嫌々動いていたものですから、うまくいきませんでした……。
「どこにも居場所がないなぁ……」
コミュニケーションスキルが低いため、接客業はしんどいものがありました。肌が弱いため、飲食業はだとなおさらつらく、真っ赤な手に、泣きながらワセリンを塗りたくっていました。

ひさしぶりに楽しく過ごすことができていたのに、また自分で自分の首を絞めて自己嫌悪に陥る日々に戻ってしまうのか……と心が重たくなっていくのを感じました。
書きたい文章が書けないし、やりたいことができていないし、ひとと連絡を取ることもできなくなっていって……何も持たない状態は何でもできる状態のはずなのに、何もできませんでした。

どうして急にこんな話をしているのかというと……あしたから冬休みだからです! 何年振りでしょうね! イベント日も年末年始も土日祝関係なく働く日々を過ごしていたので、ふしぎな気持ちです。実感がありません。おもわずいつも通りに仕事を終えてしまいました。
気遣いのおひとからメッセージが来ていて、慌てて返信しました。夜遅くにごめんなさい……。

どんなに気に入っている場所でもなくなるときはなくなるものだし、どんなに好きなひとでもなくなるときはなくなるものです。絶対なんてこの世にはない、と痛感しています。
個人的には居心地の良いこの生活が永遠に続くなんておもっていません。わたしが変わらないままだったとしても、まわりは変わっていきます。きっと、離ればなれになってしまうでしょう、いつか。けれどそれを止める権利はわたしにはありません。
ひとそれぞれの、そのひとのための時間、それが人生ってものでしょう。
ちなみに、わたしのタイムリミットは長くとも2年らしいですよ。また強制終了、生活が変わります。「嗚呼、厭だ」と嘆いても、仕方がないことです。いつまでも子どもじゃないですから。

過去のわたし、「しーちゃん」がわたしの中にいても、わたしはいまのわたしだから、「結局オトナになってしまったヤツ」なのですよ、しーちゃんに言わせれば。大人は自分の面倒を自分で見なければならないですからね。すべて、自分で判断しなければなりません。
疲れますね。世の大人はみんな凄いです。
「オトナじゃない」
と泣きわめいても、大人として扱われてしまいます。こまってしまいます。
「わかんない、わかんない」
目をつぶって耳をふさいで、しゃがみ込んで、すべてをシャットアウトできたらどんなに楽でしょう。


けれどもうすこし、子どもでいてもいいですか。貰ってばかりの立場に甘えてしまっても、良いでしょうか……。
歳を重ねたら自然と、「立派な大人」に成れるのだとおもっていました。けれどわたしはニンゲンにすら成れない、ニンゲンモドキ。まともに生きることができないならば、「気が狂っている」と言われようとも、自分が息をしやすいように暮らしてみます。心が望まなくとも、身体は息を求めてしまうから。

きょうのきろく

天気:晴れ

嬉しかったこと:図書カードをいただいたこと
えらかったこと:成長しようとおもったこと

今年は図書カードをたくさんいただくことができて、本当に嬉しいです。わたしが一番喜ぶものです。
大切に使わせていただきます。ありがとうございます~!

こちらは1回目のときのツイート↓

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