あなたの声が羨ましい

日々

いま持っているものだけで満足できたらどんなにしあわせでしょう……。けれどわたしは愚かなニンゲンなので、まわりの人を羨ましがってばかりいます。
もし、お相手がわたしのものを「欲しい」と言うなら、あげるのに。交換できたらいいのに。

そううまくいかないのが現実……。

2020年9月26日(土)

天気:雨

好きなことはたくさんあるけれど、文章を書いているときが一番たのしいです。
書いたものを保存しておくことができる場所がある、ってしあわせですね。

嬉しかったこと:やりたいことをやれたこと
えらかったこと:ラジオを更新したこと

嬉しかったこと

「やりたい!」とおもった瞬間のパワーってとても強いです。それを逃さずになるべく挑戦していきたいな、とおもっています。

おもいつきでいろいろ手を出すのでとっちらかるのですけれど、ふだんは行動力ないのにそのときだけびっくりするくらい動けるので、本人はたのしんでいます。突然ひとりで山を登ったり海を見に行ったり観劇したり、会って間もない女性とお泊りしたり、イベントに参加したり……。
せかいをこわがっているくせに、「できる」と感じたら迷いがありません。一方で、「できない」とおもってしまったら、何が何でも動かなくなってしまうところが短所ですけれど……。我ながら極端。

きょうの「やりたい!」はいろいろあったのですけれど、そのうちのひとつがラジオです。以下の「えらかったこと」で詳しく綴ります。

えらかったこと

以前の日記で放置してしまっていることを白状した「やさしきたからばこ」。
もはや“ラジオ”と呼んでいいのかわからないですけれど……やさたかラジオ第2回目、公開しました。わたしがぼそぼそしゃべっています。(途中音量注意)
「自分の声苦手!」だからなかなかラジオの更新ができないし、書き起こしもできなくて、困っています。

声、と言っても、しゃべる声・演技の声・歌声・その他もろもろありますよね。
歌えないから、自分の歌声はよくわからないのですけれど……。以前母に、「『ゲド戦記』の歌の人と声が似ている」と言われたことはあります。


創作物で、“母”が電話に出るとよそいきの高い声になる、と表現されることがありますけれど。実際うちの母もそのタイプ。
緊張してしまうから、結果的にわたしも声が高くなってしまいます。ふつうの声で話したいのに……。のどがしめつけられるような、あの感覚、何なのでしょうね……。

カッコイイ声

小学生のころから、自分の声はあまり気に入っていませんでした。クラスメイトの、わたしと同じ名前の女の子──此処では仮に“シキちゃん”とします──が、低めのカッコイイ声でした。一部の男子は「低すぎ。かわいくない」と阿呆なことをほざいていましたけれど、わたしは彼女の声が大好きでした。
「シキちゃんみたいな声になりたかった」
一度だけ、本人に言ったことがあります。
「そうかな……。しきちゃんみたいな声のほうがいいとおもうけど」
どうして持っていないもののほうが魅力的に感じるのでしょうね。憧れてしまう気持ちを抑えられないならせめて、交換できたらよかったのに。

あれから数十年経ってしまって、いまはもう連絡先を知らないので、どう成長したのか知りません。彼女はどんな声をしているのでしょう……。勝手ながら、カッコイイままだといいなぁ……とおもいます。
もう一度聴くことができたらいいのに。けれどきっと、わたしは、わからないです。シキちゃんの声だ、と。思い出はいつだってきれいで遠いものだから。記憶の中であがめ、いつしか現実とはかけ離れたものになってしまっているとおもいます。

思い出の中だけで永遠に、憧れの女の子。

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