いつかあなたと海を見たい

日々

きょうは、小説風に綴ってみます。
こういうのは、いかがかしら……? そわそわ。

2020年9月13日(日)

朝、何度も目が覚めた。そのたびに睡眠時間の合計を計算して、「もうすこし眠らないと倒れる……」と布団をかぶった。たのしみなことがある日はいつも、うまく眠れない。

人と約束をしている日はなぜだか、時間ギリギリになってしまう。余裕を持って動いているはずなのに。僕の時間を盗んでいるのは誰だろう……。
焦りから、つい、自分の扱いが雑になる。髪が絡まった。痛い。

ふと、お相手から連絡が来ていることに気づく。時間変更。「ありがとうございます、たすかります」。親指だけで送るメッセージ、というフレーズが思い浮かんだけれど、正確には“指先で送るキミへのメッセージ”だった。あの歌ほどキラキラ生きていない。

いまでは外に出るときの“顔”になったマスクを装着する。個人的には、リアルと自分自身に距離があるのはいいことだ。眼鏡をかけたり、前髪を伸ばすのは、素の顔をさらすのがこわいから。人間と向き合うのはこわい、自分がニンゲンのふりをしていることがバレそうだから。
先週くらいに知った「棒人間」という曲が脳内に流れる。きょうは音楽がよく鳴る日らしい。外界の音を拒絶するためにイヤホンをつけて歩くことが増えたけれど、頭の中が何かで満たされているときには必要ない。

眺めているだけでたのしい棚がある、本屋さんが在るまち。一時期、此処に通っていた。本来は仕事関係の外出だったのだけれど、つい、その本屋さんに向かってしまう。すこしだけ、すこしだけ……。罪悪感はあったが、活字中毒は一生治らない気がする。
きょうは寄る余裕がないので、また今度。

服装の写真を撮って送る。探してもらおう、という甘え。
落ち着かない。こわい。人間がたくさん居る。こわい。……こわくない、と言い聞かせる。大丈夫。言語化して届けてもらった気持ちを、ひとつひとつ、思い出す。お守りのようなそれらは、あたたかい──。

「××さんですか?」

本名よりも好きな、第二の名を呼ぶひとが、目の前に現れた。……存在していた。インターネット上で何度も話して、たのしくて、気が合うとおもっていたひと。嗚呼、本当に……。
「会えましたね」
僕はうなずくばかり。うまく、ことばが出てこない。

そよ風にほおをなでられるような、心地いい時間。
ニコッと笑いかけてくれるポテトが美味しかった。メインのベーグルのサンドイッチはほどよいかたさで、なめらかなチーズとすこししょっぱい生ハムの相性がよかった。美味しい、とおもえた。よかった。ごはんが美味しく感じる日は、ほっとする。
目の前のひとは生き生きと語っている。興味があることにどんどん挑戦しているらしい。格好良い。

「また会いたいです」
何度もなんども、会いたいです。もっとお話を聴きたいです。

珍しく、積極的になった。胸が高鳴って、うるさい。
笑顔でうなずいてくれたことにほっとして、急に恥ずかしくなって、目をそらす。いつになるかわからない次回が、その瞬間から待ち遠しくて、口元がゆるむ。なさけない顔をしているかもしれない。自分には見えないからいいや。

はっと気がついたときには、最寄駅の本屋さんに居た。見慣れた風景にほっとする。

店から出ると、スマートフォンの画面を濡らす水滴がすこし気になる程度に、ぽつぽつ、雨が降っていた。先日出かけたときも、面倒くさがって自分で傘をささなかったけれど、きょうも手ぶらで歩いた。
現実世界のささいな問題よりも気になることで頭がいっぱい。たのしい、たのしい。イヤホンの出番はなさそうだ。

かつて泣きながら歩いた帰り道を、きょうは笑顔で歩く。

きょうのきろく

天気:曇り→小雨

嬉しかったこと:気になっていた方と会えたこと
えらかったこと:自分の気持ちに素直になれたこと

小説は、日記よりも“嘘”が多いです。筆者の想像の翼がどこまで広がっているのか、それは読者が自由に考えていいことです。どう受け取ろうと、読み手の自由だと、わたしはおもっています。

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