生きることがへたくそでも此処にいる

日々

わたしはすべての時間“わたし”のはずだけれど、
どうやらほかの人よりも雑音が多いようです。

別のわたしの声が大きくなると、わたしはわたしを保つことがむつかしくなって、壊そうとして、苦しむわたしを嗤うわたしがいるのです。

そんなわたしのことも否定せずに受け止めて、
えら~い」とよしよしするために綴ります。

2020年8月26日(水)

晴れ

夕方出かけたら、あっという間に夜になってしまいました。夏の夜はもっとゆっくり訪れるものではなかったのでしたっけ……? せっかちさん?

ハッとするほどきれいな半月を見ることができました。
二度足を止め、カメラを向け、両方とも見事にぶれっぶれの写真となりました……。カメラアプリさんに、「せっかちはお主だ」と言われた気がします。

嬉しかったこと:ばくだん丼が美味しかったこと
えらかったこと:記帳してきたこと

嬉しかったこと

織(しき)
織(しき)

きょうの嬉しいことはこれだ!

と考えていたことは覚えているのです。その内容を忘れました。

織(しき)
織(しき)

なんだったかなー……

あ。おもいだしました。
某連絡が嬉しかったのです。けれど個人的なことなので詳細は秘密です。

代わりに、夕飯のばくだん丼が美味しかったことをご報告します。
おくら・納豆・まぐろ。温泉卵もあったら完璧だったのですけれど、今回は省略。

わたしよく、まともに食事ができなくなってしまうのです。酷いときは食べ物に対して嫌悪感を抱いてしまいます。

食べることは生きること

織(しき)
心の中の織(しき)

どうして生きようとするの?

積極的に生きていない身なので、心の中のわたしがその矛盾を指摘してきます。

織(しき)
心の中の織(しき)

自分以外の命を奪って、のうのうと生き続けるなんて厚かましいやつ

ほかの人の心には、こんな“自分”は存在していないのでしょうか。自分を否定してくる自分。
この声に苦しまずに生きられるなんて、うらやましいです。

織(しき)
心の中の織(しき)

しにぞこないのくせに……

ごはんが美味しい、ってしあわせですね。
美味しいと感じることができる、それは当たり前のことではないのです。すくなくとも、わたしにとっては。


創作物においては、食事のシーンが美味しそうなものが好きです。
2020年前期で最も個人的にヒットした『愛なき世界』は、飲食店で働く青年がせっせと近所の大学にデリバリーするお話でした。

洋食はオムライスが好きです。

えらかったこと

この文章を綴るたび、公開するたび、「えらーい!」と心の中の某肯定してくれるペンギンちゃんがなでなでしてくれます。
でも書く時点では現れないので、この「えらかったこと」に選ばれることはすくなそうです。


先日お給料日でした。明細は専用のサイトで確認できるので、金額はあらかじめわかっているのですけれど、なるべくはやく記帳するようにしています。
駅の近くにしか銀行がないので、引きこもりにとって、ちょっとしたお出かけです。

織(しき)
織(しき)

「お散歩」より遠出するイメージ

前職で指定された銀行の口座を、そのまま現職の振込先にしています。
せっかくなので手をつけずに、そのまま増えていく数字を眺めています。通帳に印字されたそれらを見ても、実感がわきません。

給付金の10万円が入った封筒を見ても、お札を数えても、実感がわかなかった人間です。

織(しき)
織(しき)

これは自分のものなのだろうか……?

すくなくとも、お給料として振り込まれた分は確実に、自分で稼いだ自分のものなのですけれどね。

人間ですから、無欲ではないので、もちろんお金はあったほうがいいです。低賃金のときの虚しさややる気のなさ、無職のときの精神が荒むさまは、我ながら酷いものでした……。

いらないわけじゃないけれど、戸惑っています、いまの状況に。
恵まれすぎていて、不相応なのではないか……とおびえてしまいます。

環境の変化

どうしてそんなに優しいのですか。
どうして一人の人間としてきちんと向き合ってくださるのですか。

無視されない。
罵倒されない。
セクハラされない。
ちゃんと教えてくださる。

最低限のことすら守られない環境を、あちらこちらふらふらしてきました。
生きるつもりのなかった時間をどう扱ったらいいのかわからなくて……。こんな後ろ向きの能のない人間、雑に扱われて当然だ、といつの間にかすりこまれていたようです。

怖くて怖くて怖くてたくさん確認してしまうし、
へっぽこなのでうっかりミスが多いし、
伝えることがへたくそだけれど、
見捨てずに引っ張ってくださるいまのチームに感謝しています。ありがとうございます。

わたしの財産はご縁

昨日の日記で紹介した、手紙を書いてくれた親友ちゃんもそうだけれど……
わたしは周りにいい人がたくさんいます。ありがたいことです。

いままで、友人知人に助けてもらって、なんとか暮らしてきました。
彼らがいなければわたしはいま、此処にいません。断言できます。

この世のすべての人が“イイヒト”ではない、と大人になってしまったわたしは知っています。

それでもばかだから、先ずは信じてしまいます。
きっといいひと、
こわくないはず……、
勝手に期待するのです。迷惑ですよね。

親ペンギン
だれか

「現実が見えていない甘ちゃん」

わたしのことをそう評する人がいてもふしぎではありません。

織(しき)
織(しき)

ええ!

織(しき)
織(しき)

現実を見ないようにしてきたもので!

現実逃避なら任せてください。

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